GARDEN -CRYSTAL HAZARD-

2014/02/02[日] - 2014/03/08[土]
Reception; 2014/02/02[日] 18:00-20:00
MORI YU GALLERY KYOTO

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出展作家: 黒田アキ、ジャン=リュック・ヴィルムート、片野まん、藤原康博、黒川彰宣、柴田主馬、安藤隆一郎、河合政之、設楽恵里

協力:アンスティチュ・フランセ関西

【この展覧会について】

…………20 世紀の半ば、グリーンバーグは〈平面性〉を唱えた。前期キュビスムを踏襲しつつ、ポロック、バーネット・ニューマンやモーリス・ルイスといった優れた作家たちを擁護し育てた彼の理論の功績は大きい。その反省をとおして、60 年代のアートは一気に開放されたともいえる。
そして今なお脈々とモダニズムは持続している、とわたしは考える。モダニズムを肯定するわけでなく、日常の背後にいつもあるものとでも言おうか、、、フロイトの『不気味なもの(UNHEIMLICH)』のように。
黒田アキというアーティストは、一見、鉄壁とも見えるモダニズムの流れを、継承しつつも、変容させようと挑んでいるようにおもわれる。黒田の「風」とは、物質である絵画を別の何かにかえるものであった。フィリップ・ラクー=ラバルトが書いている。
「 そして突然、奇跡のようにサイクロンの〈目〉がやってくる。奇妙な静けさ(四方では嵐が荒れ狂っているのに)。青空が見え、もはや何も動こうとしない。つまり荒廃のなかの休止だ。そしてこれこそが絵画の時間、まさにそのときなのだ。」
「不均一核生成」という物理現象がある。水は理想状態で考えるなら 0℃で凍るが、現実的には0℃になってもなかなか凍らない。ただ、水に小さな氷を浮かべて徐々に凍らせていくと、その水は0℃で氷になりやすい。ある刺激を水溶液面に与えると、瞬間的に結晶化する現象である。
作品のタイトルにもなっている“CRYSTAL HAZARD” について黒田は、「何かちょっとした核のようなものが水の中に生成された瞬間に不意に、予期せず、その水が一瞬にして凍ってしまうようなものを表現している」と語っているが、まさにこの現象に近い。「フィギュール」-- は、突然起こるのだ。
黒田の絵画にconti/nuit/e というタイトルの作品『連続のなかの夜』がある。黒田の絵画は台風の〈目〉のように静まりかえっている。しかしそれはあくまで、生成と混乱のさなかに、不意に訪れた「休止」でしかない。線が「縺れた」ところに、「フィギュール」としての「夜」がある。しかし、それは縺れたままではない。「夜」が終わりを告げるとともに、縺れた時間が動き出し、また「風」が吹き始める。そこで凍った海は溶け出し、縺れた糸は解けていく。
マルグリット・デュラスはこのようにも語っていた。
黒田は沈黙の先をいく(Kuroda est en avance sur le silence)★39
黒田は、「夜」、「沈黙」、「シュルレアリスム」、そして「モダニズム」の先をいく。ただこの「先」とはどこなのか。時間的な未来なのか。黒田の絵画はシュルレアリスムに影響された時代からいったん「フォルム」を消去(《Effacade》『うわべの消去』)し、アグネス・マーチンのようなミニマルな0に限りなく近い世界へ、そしてビッグバンのような世界、モノクロの世界(《Tenebres》『闇』)、(《conti/nuit/e II》『連続の中の夜Ⅱ』)へ、そして線と縺れによる色を持つ宇宙的世界へと移ってきた。黒田は、自らが自らの絵画をすべてを還元したかのように、シュルレアリスムやモダニズムの世界を自らの絵画史(「自分の子供の頃からの美術史」)の中で捏造し、その後巨大な宇宙の中へ放擲してしまったかのようにも見える。
黒田は、大きな「縺れ」として《Cosmogarden》というスペクタクルを様々な場所で成功させると同時に、恒久的なものとしての《Cosmogarden》も、パリや東京、兵庫県西宮、京都につくってきた。パリ、ニューヨーク、日本、イタリアのエオリアン諸島、上海、北京、ロンドン。京都の寺町通りを、パリの路地を歩き、そして黒田の生活に欠くことのできないところ、カフェにいく。それはあたかも黒田自身が、都市の間を縫う線となり、時々に「縺れ」となって彷徨っているようだ。
今回はその黒田アキのGARDENに触発されたモリユウギャラリー森裕一が、他のモリユウギャラリーのアーティストと会話し、作品を選択した展覧会となっている。